強直性脊椎炎の患者として夏をどう過ごしたか

強直性脊椎炎の患者として夏をどう過ごしたか

夏がくるたびに強直性脊椎炎を発症した時のことを思い出します。激痛に耐えられなくなり、友達に付き添われて救急車で病院に運ばれた夜。入院中には薬漬けになっても炎症が治まらず、膠原病の検査を実施したら陽性反応が出た日。大学病院で検査を受けようとしても、両膝が痛むので病院で車椅子に乗せられた日。

強直性脊椎炎の患者として過ごした初めての夏

精密検査後に告げられた痛みの正体は、「強直性脊椎炎」でした。「病気とうまく付き合っていかなくてはいけません」と言われ、当時の自分ではどうしたらいいのか分かりませんでした。本記事では発症当時のことを振り返ってみたいと思います。

強直性脊椎炎とは?

強直性脊椎炎は、とくに背骨および骨盤を中心に全身の腱や靱帯に原因不明の炎症が起こり、長い年月の中で「強直」して運動制限が生じる病気です。脊椎関節炎(spondyloarthritis: SpA)という疾患群のひとつに分類されます(図1)。初期には背骨や骨盤の関節に付着する腱・靭帯が炎症を起こしますが、進行するとその腱・靭帯に石灰が沈着して骨のように硬くなり、背骨が曲がらなくなってしまいます。

出所:慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト

発症前には、原因不明の左足アキレス腱痛を感じていました。2~3ヵ月後には仙腸関節の痛みが顕在化し、歩行不能の状態となります。トイレにすら行けなくなり、もう無理だ!と感じて友達に助けを求めました。たまたま近くに住んでいたこともあり、救急車に乗せられている間は付き添ってくれました。7月上旬のことでした。

入院生活の支え

入院中はとにかく毎日がストレスでした。個室ではありませんでしたので、同室の患者さんのお見舞いに来られた方々の話し声が身体に響くたびに、さっさと退院したかったのを覚えています。食事はお世辞にもおいしいと思えるものではなく、リハビリも身体が痛いだけで毎日が苦痛でした。ほぼ毎日横になっているだけで、思考力が落ちていくのではないかという危機感が募っていきました。検査が続いたある日、膠原病検査の結果が陽性であることが告げられます。

何をどうしたらいいのか分からなかった日々を支えてくれたのは、家族と友達でした。全面的に協力してくれた家族、救急車で付き添ってくれた友達、見舞いにきてくれた友達…一人一人には深く感謝しています。

退院後の悩み

7月下旬に半ば無理やり退院することにしました。両膝が痛んでいましたが、これ以上入院していても結果は変わらない、それどころかストレスで頭がどうにかなりそうでした。退院の翌日には、大学病院で正式に「強直性脊椎炎」という診断が下されました。その日のうちにどんな副作用が出るか分からない生物学的製剤を勧められることになります。

全てが初めての経験だったこともあり、何が正しくて、自分に必要なのかを判断することができませんでした。何よりも、心身の休息が欲しかった。自分一人ではどうすることもできなかった。でも、家族には心配をかけたくなかった。身体の痛みよりも、家族が心配する姿を見るのが苦痛でした

孤独と闘う地獄の夏

家族には「大丈夫」とだけ伝えて、入院前と同じ一人暮らしを始めました。松葉杖をつきながら買い物に行き、隔週で通院。自宅で一人の生活を続けていたらどうにかなりそうだったので、積極的に外へ行こうとしましたが、痛みがひどい時は安静にするしかありませんでした。病気以外にも、孤独と闘わなくてはいけないという独特の悩みを持ち始めるようになりました。

リオデジャネイロオリンピックの観戦が唯一の息抜きでした。特に陸上競技では、男子4×100mリレーで銀メダルを獲得するなどの活躍が見られ、選手が奮闘する姿を見るだけで、1日を乗り切ることができたのを覚えています。

目標を持つことで治療に役立てる

強直性脊椎炎の発症前からフラメンコギターの練習を続けていました。ちょうど発症前にはフラメンコギター教室へ通っていたこともあり、入院中には時間を見つけて練習していました。ギターを弾く姿勢は当時の自分にとってはきつかったのですが、何らかの形で身体を動かしておかなければ凝り固まってしまいそうでした。

練習は近所の公園で行いました。蚊に刺されまくって手足がかゆかったのを覚えていますが、何らかの目標を持つことで毎日を前向きに生きていけると思えるようになりました。

退院してから約1か月。痛み止めを飲み、発表会へ臨みました。入院中にお見舞いに来てくれた友達も来てくれました。フラメンコの曲を4曲演奏し、無事に発表会を終えることができました。その2日後には、職場に復帰することができました。

地獄の夏を振り返って思うこと

地獄を味わった夏でした。また、改めて家族と友達への感謝の気持ちを持てた夏でもありました。当初は、歩けない姿を見せて家族に心配をかけたくないという気持ちから孤独に走ってしまいがちでしたが、無理をせずに一時的に実家へ戻った時には一人ぼっちになることもなく、家族も多少安心して過ごしていました。

生活の支援を受けられる環境があれば、まずは無理をせずにそこで落ち着きを取り戻すことが先決だと思いました。難病に限らず、心身共に何かきているなと感じたら、一歩引いてみるのも必要なのかもしれません。

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