専門性がないという悩み:英語と仕事の専門性を考える

ロベルト
ロベルト

こんにちは。ロベルトです。

本記事では、専門性がないという悩みについて考えてみたいと思います。

「専門性」という言葉には何度も悩みました。

現在はWebデザインとプログラミング、語学関連のフリーランスになりましたが、会社員時代には営業や管理業務以外の仕事をやっていませんでした。

専門知識や特技もなく、せいぜい語学や会計の資格試験の勉強をしていた程度。

「あなたには専門性がないくせに…」と罵倒されたことも一度や二度ではありませんでした。

その矢先に難病・強直性脊椎炎を発症し、歩行困難な状態になりました。

専門性もなく、歩けなくなってしまい、この先どうなることやらと不安だったのを覚えています。

「何もチャレンジせず、手に職をつけずに過ごしていたら稼げなくなるのではないか」

あの時はベッドで痛みに耐えながら、危機感を感じていました。

「何かをしなければ状況は変わらないだろ」

当時感じていた危機感が、後のフリーランスという働き方につながっていったように思います。

難病を発症してから2年後、モチベーションが切れたことが理由で退職し、Webデザインとプログラミングを学んでからフリーランスになりました。

今では英語を使いながらWebの仕事に携わることができており、これからはその仕事で実績を積み重ねていきたいと思っています。

正直なところ、まだ専門性と言えるレベルの技術を身に付けているという手ごたえはありません。

ただ、一歩を踏み出すことで状況を変え、仕事につなげるきっかけを得られるのは間違いないと思います。

自分にとって、そのきっかけは難病の発症とクライアントとの出会いでした。

本記事では、私が専門性がなくて悩んでいた20代の時期からフリーランスになるまでの間を振り返ってみたいと思います。

本記事の対象者:専門性という言葉に悩んでいる学生・社会人の方々

英語を勉強しても専門性がないと悩み続けた20代

難病を発症しても海外で仕事したい

「自分には専門性がない…」

20代は専門性がなくて何度も落ち込みました。

高校時代は文系で英語ばかり勉強しており、大学・大学院時代の専攻は経済学・社会学。

当時は国際協力に関心があったこともあり、勉強したことを直接活かせるフィールドで活動したいという思いから、中南米で海外ボランティアを始めました。

しかし、手に職をつけていたわけでもなく、担当した業種はエコツーリズムのプロジェクト参加者へヒアリングをして企画・営業を行うというものでした。

仕事自体に不満があったわけではありませんでしたし、かなり自由にやらせてもらっていました。

しかし、専門職と言えるかどうかは別問題で、これが悩みの種だったのは事実です。

帰国後には起業しようとは一切考えていませんでしたし、就職活動でもアピールできることと言えば、中南米で生活した経験と語学力のみ。

研究職は一切考えていなかったので、民間企業を回っていたところ、運良く電力コンサルタント企業から内定を頂きました。

しかし、専門性がないという劣等感はその後も引きずり続けました。

難病を発症した会社員時代

難病の発症から問題意識を持つ

中南米から帰国した後はバーンアウトの状態になっており、「将来〇〇をやりたい」「結婚したい」「金をガンガン稼ぎたい」という欲もなく、とりあえず生活していかなければいけないからという理由で会社員生活を始めました。

事務スタッフの一員として営業や管理業務に従事していましたが、周囲からはいろいろ言われました。

「海外ボランティアの経験なんて何の役にも立たない」

「多言語をやっていたと言っても専門性はないんでしょ?」

専門性がないという状況に加えて、周囲からの罵詈雑言には本当に辟易しました。

その職場環境に耐え続けていたある日、左足アキレス腱痛が始まりました。

そのアキレス腱痛が、難病を発症する伏線となります。

仕事への問題意識

左足のアキレス腱痛から3か月後、難病の強直性脊椎炎を発症しました。

身体が動かなくて仕事ができず、救急車で病院に運ばれてそのまま入院するというのは、人生で初めての経験でした。

入院中には「このまま歩けなくなったらどうするか」「会社に行けなくなったら退職だな」という不安を抱えていた一方で、異業種の仕事を物色し始めました。

「歩けなくなっても稼げる専門性を身に付けなければいけない」と日々感じていました。

職場に復帰してからは黙々と事務作業をこなしていましたが、社会主義のように仕事をしてもしなくても給料が入ってくる環境でモチベーションがどんどん下がり、その後のキャリアにも期待を見出せなくなりました。

気持ち的には何も満たされない日々を送っていた一方で、投薬が不要になるほど体調は回復していました。

「やるなら今しかないかもしれない」

ここで長く働いていても何も成長できないと判断し、退職を願い出ました。

その時にはWebデザインやプログラミングを学んでいたわけではありませんが、将来性や成長の機会が全くない職場から、とにかく一日でも早く離れたかったのが率直な思いでした。

Webデザイン・プログラミングとの出会い

Webデザインとプログラミングで専門性を身につける

退職後はしばらく無職の状態が続きましたが、ご縁があってWebデザイン学校に通うことになりました。

デザイン会社や動画制作会社で働いていた方々と、一緒にWebデザインとプログラミングを勉強することになったわけです。

授業は国際協力や海外事業とは異なる新鮮な空気で溢れており、毎日ルンルン気分で通学していました。

コースワークは3ヵ月、その後に1か月間のインターンがカリキュラムに組み込まれていました。

そのインターン期間中に、現在お世話になっているクライアントと出会うことができ、修了の1週間前に協業のお誘いを頂きました。

クライアントは通訳・翻訳の派遣会社でもあるため、Webの仕事以外に英語やライターの業務も発注してくれます。

この出会いには深く感謝しています。

Webデザインとプログラミングを学び始めて1年も経っていませんでしたが、クライアントの役に立ちたいという気持ちがあり、自学自習も苦にはなりませんでした。

専門性を深めるために必要なこと

自分の場合、専門性を深めていくための条件は以下2点でした。

  1. 人生を変える出来事(自分の場合は難病の発症)
  2. 人との出会い(自分の場合はクライアントとの出会い)

専門性がないという劣等感には何度も悩みました。

今でもまだ専門性の模索が続いていますが、現時点ではWebデザインやプログラミングの業界で英語の知識を活かし、自己研鑽を積み重ねていきながら専門性を深めることになると思っています。

その条件として、常に業界の情報に対して問題意識を持ち、英語の勉強も続けていくことが必要です。

そして一人だけで作業を続けるのではなく、一緒に仕事を続けていける仲間がいればプラスになります。

私の場合は、難病の発症により仕事と人生に対する問題意識を持つようになり、その後はクライアントとの出会いがきっかけで、英語を使いながらWebデザインとプログラミングの知見も仕事に変えていくことができました

こんな自分でも必要としてくれるクライアントと出会えたのは、ある意味運が良かったからなのかもしれません。

今後はクライアントへの価値提供を軸にしながら業務でアウトプットを出し続け、自分自身のためにも専門性を深めていく姿勢を持ち続けたいと思っています。

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