強直性脊椎炎は治るのか?【体験談】

強直性脊椎炎は治るのか?

「股関節が痛い、いや、腰か?とりあえず安静にするしかないだろうか。でも痛みがひかない。それどころか悪化してくる。トイレに行くのが辛い。ベッドでうつ伏せになっていないと痛くて眠れない。薬を飲んでも痛い。どうしたらいいんだよ。」

これらは全て私が経験した内容です。強直性脊椎炎と診断を受けるまでの間、原因不明の痛みで数日間寝たきりとなり、起き上がれるようになっても歩行器が手放せませんでした。ちょうど3年前の出来事で、当時はこの先どうなってしまうのだろうと途方に暮れながら、家族には「全然大丈夫だよ」と伝えていました。

強直性脊椎炎は治らないのか?

実際に「強直性脊椎炎」という診断を受け、生物学的製剤の案内書を渡された時に感じたのは、「あまりにもマニュアルちっくな対応じゃないか?」という疑問でした。患者から十分なヒアリングをしたのか?治せるものなら治したいのに、ただ薬が処方されるだけで、その先は薬の副作用を確認するための血液検査が毎月予定されてるだけでした。

インターネットで情報を検索すると、「患者が自分自身にとって一番の医者にならなければいけない」という書き込みを目にしました。誰かに治療の責任を押し付けるわけでもなく、自分自身で状況を俯瞰しながら治す努力をしなければいけないのかと漠然と考えていました。医学的には明確な治療法は見つかっていません。だからと言って諦めてしまうのだけでは絶対に嫌でした。あれだけ激痛でのたうち回ったんだから、好きにさせろという気分でした。

今回は私自身の取り組みについて書いてみたいと思います。あくまでも私自身の事例ですので、それをご了承の上お読みください。

食事を考える

食事を考える

添加物が入っている食品と外食を減らす

発症時まで冷凍食品を食べることが多かったのですが、極力減らすようにしました。当時は自炊を続け、職場にはお弁当を作って持って行っていましたが、中には解凍した冷凍食品を詰め込んでいました。難病発症後には食品添加物に敏感になり、パッケージに記載されてる添加物を逐一確認しているうちに冷凍食品やコンビニ弁当を買わなくなりました。

同時期に外食の割合も減りました。身体が痛かったので自宅で食事した方が気楽だったのが一番の理由ですが、身体に負担をかけている食事があればできる限り省こうと考えていました。

食べ過ぎない

ブッフェに行くのが大好きな甘党人間ですが、強直性脊椎炎発症後には必要な量だけ食事をするようになりました。最近では糖質制限という言葉が流行ってますが、必要以上に制限するのではなく、ドカ食いをやめる程度です。実際はストレスが溜まると食べたくなってしまうので難しいところではありますが、そんな時は友達と食事して会話を楽しむことでストレス発散をしています。

楽器を楽しむ

楽器を楽しむ

フラメンコギター

もともと趣味でピアノとギターを練習していました。当時はフラメンコギターを先生から習っており、発表会も控えていましたがその1か月前に発症するという最悪のタイミングでした。入院中は安静にしておかなければいけませんでしたが、とにかく暇すぎてストレスになっていました。たまらず、母親に頼んでフラメンコギターを病院まで持ってきてもらいました。室内では弾けませんでしたが、屋上で弾かせてもらったのが良い精神安定剤になったと思います。ほぼ毎日、歩行器でエレベーターまで移動し、屋上で気が済むまでギターを弾いていました。入院中にはギターが趣味だという理学療法士の先生と出会い、お互い好きな音楽について話したのもいい思い出となっています。

ピアノ

もともとXJAPANの大ファンで、今でも毎日Xの曲を聴いています。特にピアノの音色にはほれ込んでいますので、Xをそこそこ弾けるようにはなりたいと思っていました。購入したピアノの楽譜やバンドスコアは机の上に並べておいて、いつでも取り出して眺めるようにしています。実際はめちゃくちゃ下手ですが、Xの楽譜を見てるだけでなぜか前向きな気持ちになれました。ですが一人だけで練習を続けていると多少飽きてきましたので、時間を見つけてピアノサークルの活動に参加させて頂いてます。何らかの形で人前で演奏する目標を持つ。それによって無性に行動しようという気持ちになれるので、ピアノの練習も続けていきたいと思っています。

仕事を考える

仕事を考える

歩けなくても手と頭が動けば稼げる職種

前職では海外事業本部の営業、リスク管理、総務関連、翻訳の仕事をやっておりましたが、難病発症直後には会社に行けない日々が続きました。その間は会社の傷病休暇を消化する日々が続き、「このままではいつか傷病休暇も普通休暇も全て使い切ることになる。その後はどうするんだ」という不安を感じていました。幸い職場には復帰できましたが、不測の事態が生じたときにも稼いでいける職種を物色する日々が続きました。退職後にはWebデザインとWebプログラミングを学ぶ機会があり、それまで勉強してきた多言語の知識と組み合わせれば、何かをできるかもしれないと感じていました。

新しい出会い

WebデザインとWebプログラミングの勉強中に、ベンチャー企業の経営者と出会いました。その出会いがその後のライフスタイルを決めてしまったと言っても過言ではないかもしれません。最初はお互いを知るための会話から始まり、その後に私の経歴や難病を発症した背景、今後の働き方へ対する考え方に真摯に耳を傾けてくださりました。「一緒にやりませんか?」と声をかけてくださったのは実習終了前のことで、私は開業前の準備を進めていた時のことでした。タイミングが合っていたこともあり、翌月から協業のスタートをきることになりました。それが後のシンガポールへの出張につながりました。

強直性脊椎炎は治るのか?

強直性脊椎炎がやり方次第で治るかどうかは分かりません。しかし、もう治らないんだと言って諦めてしまうのではなく、自分がうまく生きていける選択肢を見つけ、内省を積み重ねながらそれを定着させていくことが重要ではないかと思っています。

そして難病を発症してから各所で「思い切ってやってみよう」という気持ちも芽生えてきました。今後、思うように身体を動かせなくなる日がいつか訪れるかもしれない。それが来月、来年、数年後になるなら、今やりたいと思ったことを精一杯やりきりたいと素直に感じるようになりました。その過程でまた誰かと何かをやれる機会を持てたらいいなと思っています。

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